かつらでコンプレックス解消

私たち人間はさまざまな「コンプレックス」をもっているものです。それは、「他人」と「自分」を明確にわけて考えられるからであり、第三者に見られる「自分」を意識しているからです。

そして、生きている限りはその生理的な作用などに抗えないもので、例えば太ってしまったり、例えば髪の毛が薄くなってしまったりするものです。それは仕方のないことですし、人として生きていればいつかは直面する現象であるのですが、それを「そういうものだ」として割り切れる場合と、どうしても受け入れられない場合があります。

どのようなことが自分にとって受け入れがたいのか、それは人によります。別に太っていてもそれは個性だと感じられることもあれば、もともとは痩せていたので、太ってしまう自分がどうしても許せない場合もあるでしょう。そのようなさまざまな人がこの世にはいて、それぞれの悩みを抱えているのです。第三者から見ると「どうでもいい」というようなことが、当人にはどうしても許せないという場合もあるのです。そのような場合、「自分が自分に対してどうしても許せない」という余人には関知できない部分です。

「髪の毛が薄くなる」ということは、男性ではあればだれもが直面する可能性があることです。それは生理的な作用ですし、日頃の不摂生のせいでそのようなことになってしまうわけではありません。「太る」ということとはまた別の次元の身体作用です。そのような作用をどうしても納得できない人も、かなりの数、存在します。「髪の毛が薄いと恥ずかしい」と感じているのです。

これは実際に髪の毛がふんだんにある人では想像もできないような辛さで、自分の髪の毛は常に自分に付いて回るものです。朝起きてから夜寝るまで、また寝ている間も、自分の身体の一部として髪の毛は存在します。「髪型」というものは一種のおしゃれの要素のひとつであり、髪の毛の量がふんだんにある人はその髪型の選択肢も無限に広がるものなのですが、髪の毛が薄い人ではそうもいかないものです。

人によっては「歳なんだからしかたない」と割り切れる人もいます。また、そのように割りきって納得し、自分のキャラクターとして、特徴の一部として、受け入れる人もいるのです。ですが、年齢によってはどうしても納得できなかったり、周囲に対して「恥ずかしい」と感じてしまったりと、明確に「コンプレックス」として「ストレス」を感じる人も多いものです。ですが、「どうにかしたい」と考えても、自分の身体のことであるとしはいえ、医学的には完全に解決出来ている問題ではないので、すぐには解消できなかったりするのです。

そのような時に用いられているのが「かつら」です。「かつら」は擬似的な髪の毛を頭にかぶるものです。帽子のように髪の毛をかぶって、髪の毛が薄くなっていることを人にばれないようにするわけです。それは根本的な解決にはなりませんが、「人の目」を気にしなくても良くなります。自分だけ、あるいは身近な人だけが知っているということになるのです。そうしながら医学の進歩を待ち、いつか自分の髪の毛がまた再生されることを祈って、日々過ごしている人も多いものです。

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